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Channel: 考えごとの家日記。
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東光園にて

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少し前になりますが。。東光園に日本建築学会の情報設計委員会の方々が来られるというところにお邪魔させていただきました。

旦那さんの菊竹事務所時代の大先輩というか、ほとんど師匠のような遠藤勝勧さんが、その委員会メンバーで同行されていたためです。遠藤さんは、私もちゃんとお会いするのははじめてでした。

何より遠藤さんが当時20代で東光園の現場担当者であったということから、直接お話が伺えるのが大変楽しみでした。それにしても、この建物を20代で現場担当(責任者)ということも考えられないですが。さらに、地元で大工として当時同じく20代で関わられた八田さんも同行されました。その後、八田さんは建築家としても地元で活躍されます。八田さんと遠藤さんは旧知の友として仲良く話されている様子を伺うと、同じ空気を吸ってらしたのだなあと実感しました。

その八田さんの息子さんも菊竹事務所出身で、たまたま?旦那さんも同じ頃事務所で一緒だったため、米子建築塾に八田さんに誘われ旦那さんは入った。それが縁で結婚に至ったのです。そう、八田さん(息子さん)は我々のキューピットでした。(そんなことまで説明しなくてもいいですが。。)

それで、当時の話で。。なぜ菊竹さんが設計依頼をうけたか。。というのは、元々島根県立博物館の仕事を先にされていて、その現場に来る際、東光園に泊まりなさいと当時の田辺島根県知事に促されたと。今でさえ車で30分ほどの距離ですが、松江の仕事に米子に泊まりなさいとは、どういうこと?と思いますが、山陰の風土を体験せよという意味もあって、わざわざ米子から通わせたということもあったようです。それに、格式高いホテルでもあったし。そうしているうちに、ホテルの宴会場の改修計画を相談され、担当したり。(当時は和風の木造建築)

でも、その前?に庭の計画が先に彫刻家の流政之(ながれまさゆき)さんが担当されていて、流さんから紹介うけて菊竹さんが参入したとも言われてましたね。あれ?どっちだっけ?

いい加減なことはかけないな。。また確認して修正します。

今日はこの辺で。


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